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zoom RSS 第2日目 矢野氏の白状

<<   作成日時 : 2014/12/31 07:54   >>

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ぎっくり腰入院記(2)

 『やった』のはね、入院する一週間前の火曜日なんですよ。
 会社でね、机に向かってハンコを押していたんですよ。昼過ぎだったかなあ、部品の納入伝票が何十枚と回ってきたんですよ。愚痴を言うわけではないですけどねえ、何で私がこの伝票に印を押さなくちゃあいけないんですかねえ。こんなものは受取責任者だけでいいんじゃあないですか。発注に出すときにはね、私も若干の責任を負わされている人間ですから、なるほどチェックする必要があると思うんですよ。でもねえ、受け取るときには私が物を見に行くわけでもないし、ただハンコを押すだけなんて何にもならないと思うのですよ。ああ、そうだ。シャチハタだったら楽だよなあ。力を入れなくてもいいし、朱肉を押さないから当然手間も省けるし、今度、退院したら絶対に買いに行こう。
 まあ、その時もしょうもないことを考えながら、ブツブツ呟いて、こんな風にね、ハンコを持って伝票と朱肉の間を往復させていたんですよ。
 最初は、この腰の辺りが、ちょっと変だなあぐらいに感じたんですよ。この程度なら、しょっちゅうあることだし、大したことになるなんて夢にも思うもんですか。
 正直いってね、筋肉かスジが凝ったかなあというぐらいだったんですよ。「よし、それなら気分転換だ」と、事務所の外に出て新鮮な空気を吸ってね、上体を前に倒したり、ラジオ体操の真似事をしてみたんですけど、良くならないばかりか段々痛くなって来たんです。
 そこで、半日ずっと椅子に座っとったのです。それでも痛いもんだからいろんな恰好をしてね。みんな、どうしたんですかと聞いてくれましたよ。帰る頃には答えるのも億劫になってましたねえ。
 帰り道ですか。一応はちゃんと歩けましたよ。だけど、痛いことは痛かったんです。電車もいつもは急行に乗るんですけどね、その日は時間が倍ほどかかる各駅停車に乗りましたよ。もちろん座りたいからです。ええ、一駅だけ立っていたら座れました。ほんと、この時はホッとしましたねえ。駅で降りて、バスの乗り場に直行したら、ギリギリで座れました。もっとも、ほらバスってタイヤの上にある座席で座り難いのがあるでしょう。あそこなんですけど、その日は贅沢は言えませんでしょ、嬉しかったですよ。
 でもね、バスから降りて家までが、ちょっと登り道になっているんです。しんどかったですねえ。なんか腰が外れてしまうような感覚でした。ガクガクっとなってね、脂汗が出ましたよ、まったく。

 実は前にも2回なっているんですよ。
 1回目は、恥ずかしながら新婚早々でしてね、寝ている最中に寝返りか何かした途端になったんですよ。原因は、カミさんは、栄養状態が急に良くなって太ったからだと言い張ったんですけど、私は、嫁入り道具で持ってきた柔らかい布団だと考えたんですよ。独身のときはセンベイ布団のお世話になっていて、なんともなかったんですから。それで、以来、私だけ敷布団を一枚にして寝ていますよ。
 2回目は31のときでね、本社から工場勤務に変わってマナシしでしたよ。昼休みに、昔取った杵柄のつもりで、テニスをしたんです。調子が乗ってきたと思ったころにカッコよくラケットを振ったら、途端に、それこそ「ギクッ」です。あの感覚は今でもマジマジと思い出しますよ。実はね、その日の朝、特別に早起きして5歳だった長男と早朝マラソンをやったんです。暫く何も運動をやってなかったので、鈍った身体を解そうと思い立っていたんですよ。昨日、平山さんが「身体の硬い人間が急に運動を始めるとなる」と仰いましたねえ。これで合点が行きました。結局は、あの『魔女の一撃』で、私の人生も息子の運動能力も決まってしまったんですねえ。
 この2回ともね、翌日に医者へ行ったんですけど、治療らしい治療もなくてウチでじっとしてたら、すぐに直ってしまいましたよ。

 今回もその程度に考えていたんです。どうせ医者に行っても何もしてくれないし、第一、そこに行くのがシンドいですからね。それで家で寝ていたんですよ。
 寝室は二階なんですけど、上がったきりでね、歩くのはトイレに行くときだけ、食事もうつ伏せになって取るという生活が続きましたよ。最初は2日、長くても3日で治るつもりだったんですけど、一向によくならないんです。
 それでも5日目には回復の兆しが見えて、6日目には痛みが皆無というわけではありませんけど気にならない程度になったんです。それで、そろそろ会社にも行かなければならないっていうんで、リハビリのつもりで階段の上り下りとかウロウロし始めたんですよ。飯も正座して食えるし、机にも座れる。これなら大丈夫だ、治った、明日から会社に行くんだ、と確信しましたよ、この時は・・・・・・。
 ところがね、夕飯の時分からまた痛みだしたんですよ。そしてもう元の黙阿弥。最初の日と、殆ど一緒。こっちは苦しいし、カミさんには怒られるは、でね、もう散々でした。
 それでね、翌日ここへ駆け込んだんです。来てくれたタクシーに乗り込んで、ちょっと首を下に曲げたときの痛かったことといったらないんですよ。そしてその運転士が「俺もやったことがある」と言い出して、「俺は戸板に乗せられて運ばれた」などと、ここへ着くまで喋りっぱなし。あっちにしてみれば経験談で安心させてやろうと考えたんかもしれないけれど、こっちはこれが痛い真っ盛りで、うるさくて迷惑なだけでしたねえ。
 待合い室で待っている間も痛いもんだから、恰好なんか気にしていられないし、恥も外聞も捨てて長椅子に寝ていましたよ。
 院長に「入院せい」と言われたときは、正直いって「何と大袈裟な」と思いましたけど、カミさんは当たり前だという顔をしているし、観念しましたよ。そして、例の注射を打ってもらったあとは、ほんと、ホッとしましたねえ。十分くらいで痛みがスゥーと無くなったんです。「これなら入院といったって1週間ぐらいかな」と思いましたね。
 折角ここへ入ったんですけど、今はもう大丈夫ですよ。トイレぐらい歩いて行けますよ。さすが医者は大したものですねえ。

1992-02-29/2014-12-30

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